業界向け展示場で最先端EVを研究
バッテリー劣化の把握に課題見出す
三洋貿易は、ファインケミカル、インダストリアル・プロダクツ、サステナビリティ、ライフサイエンスの4市場に注力する商社だ。モビリティ分野においては長年、高付加価値製品を海外から発掘し、提供してきた。
同社では22年3月、自動車関係者向けの展示場「Sanyo Solution Gallery」(瑞浪展示場)を開設。25年6月現在、同施設には日本未発売を含めた最新の海外EV車25台分の分解部品約13万点や、走行可能な完成車7台が並ぶ。また場内では約200車種の分解部品のデータベースや、自動車を丸ごとCTスキャンにかけた3Dデータなどの閲覧が可能。3年間で全国から1万名以上の業界関係者が訪れている。
「当社では瑞浪展示場の運営を通し、最先端のEVの知見を深めてきました。その中で、これから国内で欧米並みにEVが普及した場合、バッテリーのメンテナンス面や、中古EVのリセールバリューの低さなど、業界で取り組むべき課題が多く存在していると感じました」(光部部長)
EVバッテリーは車体価格の半分~3分の1を占めるほど、重要なパーツである。しかしバッテリーの経年劣化の度合いを適正に把握するための基準や測定方法は確立されていない。中には残量を目盛で確認できる車体もあるが、実際の劣化度と数値が乖離していることも多々あるという。またバッテリーの診断機は市場に存在するものの、「数百万円単位で高額」「診断に数時間~1日かかる」「高電圧の充放電が必要で知識がなければ安全性確保が難しい」など、町の整備工場や中古車販売店で手軽に扱える製品ではない。
バッテリーの残容量が把握できない状況は、中古車市場に影響を及ぼしている。EV特有の課題である充電インフラの未整備や不十分な航続距離等に加えて、バッテリーの劣化状態を適正に把握できないことも要因として、中古EV車は購入3年後には3割台、5年後には2割台まで価値が下がるなど、ガソリン車に比べて低く査定される傾向にある。リセールバリューの低さは、EVの普及が進まない一因となっている。加えて、国内で高く売れないため、多くの中古車両が海外に流出。国内での循環を阻害している。
「今後のEV普及には手軽なバッテリー診断機が必要だと感じていましたが、アフターマーケットは未参入だったこともあり、当初は他社から開発されると静観していました。しかしなかなか出ないので、自分たちで作ろうと決めました。ただし商社ですので、社内に開発リソースはありません。協力者を探すことから始めました」(光部部長)
上海スタートアップと共同開発
全メーカー対応の手頃な診断機
同社では世界中のネットワークを使い、開発パートナーを探した。瑞浪展示場のビジネスを機に知り合い、後に出資会社となった自動車業界向けコンサルティング会社を介し、上海のスタートアップ企業を発掘。共同開発プロジェクトを立ち上げた。
「自動車メーカー系ディーラーは店舗それぞれで独自の診断機を持っていますが、自社製品の測定に特化しており、他社の車両には対応していません。整備工場や中古車店では多様なメーカーの車種を扱いますので、今回のプロジェクトでは全メーカー対応の『汎用性のある診断機』がひとつのテ―マでした」(福島氏)
診断を最も正確に行うには、車体からバッテリーを取り外す必要がある。しかし一度でも解体すればメーカー保証から外れてしまうので、現実的ではない。
「『バッテリーを外さずに、どうやって簡単に診断できるようにするか』が一番の課題だったかと思います。それが難しいからこそ、他社もなかなか開発に踏み出さなかったのだと。当時私はプロジェクトには直接関わっていなかったので、最初は『よくやるな』という思いで見ていましたね。でも、正攻法で攻略できない課題を一歩ずつ解決していく様子は非常に勉強になりました」(伊藤氏)
「確かに難易度は高かったですが、全くできないことでもないと考えていました。当社の優先順位としては、速度や使いやすさ、価格などの『導入のしやすさ』が一番先にありました。自動車メーカーで使う測定機ほどの性能がなくても、言わば人間ドックのように、まずはスクリーニングをして何か異常があれば精密検査を行えばいい。数百万円する測定機とは目指すフィールドが違いますので、勝算は十分にあると考えていました」(光部部長)
同社ではEVバッテリーのメンテナンス機器ブランド「EverBlüe Drive」をリリースし、25年1月に高速バッテリー診断機「ETX010」を発売した。同製品は750gと軽量なハンディタイプ。バッテリーの取り外しや充放電の必要もなく、車体の急速充電口に差し込むだけで劣化度合いを約30秒で診断する。結果はスマートフォンやタブレットで確認可能。国内外さまざまなメーカーの車種に対応しており、価格は17万円台(税抜)だ。診断には、EV先進国である中国で大量に収集したデータを活用。劣化パターンを見出す「データマイニング法」を用いて、独自のアルゴリズムで推定値を算出している。
整備工場やカー用品店でのバッテリー診断やメンテナンス、中古車販売業者やオークションでの価値算定、法人所有車両やレンタカーの管理などで活用できるため、発売以降、多くの反響が来ているという。
「力になってくださる方々が集まり、ここまで来ることができました。当社では診断機に続き、バッテリー劣化に対応するEV専用のメンテナンスツールの開発も始めています。EverBlüe Driveを通して、EVの更なる普及や、モビリティ領域での循環型社会実現に貢献していけたらと考えています」(光部部長)